子どもの遊びや遊具、遊び場所に隠されている教え(教育的な意味)を知って、一緒の週末をもっともっと楽しもう!

遊育の欠落が生んだ社会のゆがみ

iv_001_7「遊びの中にある学びとは?」をさまざまな方にインタビュー

天野秀昭さんインタビュー後編
遊ばないと、心が死んでしまう
子どもにとって「遊び」は「魂の活動」

2015.11.17
日本冒険遊び場づくり協会 事務局長/理事(取材当時)
天野 秀昭(あまのひであき)


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遊育の欠落が生んだ社会のゆがみ

大人の押しつけがイジメにつながる

今の状況では、イジメは止まらない。イジメがいけないなんて、そんなこと誰でも知ってる。だから隠れてやってる。「悪いこと、社会的にいけないこと」ってはっきりわかっているのになんでやめないかというと、人が傷つくのが楽しいからなんですよ。人が傷ついて、ピーピー言わせたり落ち込ませたりするのが楽しいの。だから止まらない。

問題なのは、なんで人を傷つけて楽しい感覚になれるかってこと。原因はちょっと考えればわかることだけど、本人がそうされてるからとしか言いようがない。いじめてる側が日ごろからいじめられてる。誰から? おそらく大人から。

大人の考え方を押しつけられて、その子のやりたいと思うことがぜんぜん大事にされなくて、その子自身の思いなんてつねに踏みにじられて、じゃけんにされてるわけですね。

尊重されてない子は、他の子を尊重できない

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そういう風に扱われてる子は、人を尊重するなんて知らない。自分が尊重されたことがないんだから。されたことがなければ、尊重するってどういうことか、わかるわけないじゃない?

いつだって自分はイヤな想いをしていて、それに自分は耐えて生きてるわけだから、人を傷つけたって痛めつけたって、自分の心が痛むなんてことはない。むしろ、「僕もがまんしてるんだから、お前もこの程度ならなんでもないだろう」って感じてる。相手がピーピー言うことで、自分自身に溜まっているものを出せるから、ちょっとスキッとしちゃうわけ。そういう状態の子がわんさといるから、いつ誰がいじめる側にまわっても不思議じゃない

それは、親にコントロールされてる状態のことだけじゃなく、社会全体にですね。で、親も社会からコントロールされてる。公園の砂場で、他の親からチクチクビームをいっぱい受けて、「『貸して』って言いなさい!」なんて、言いたくもないのにわが子に言ってるとすれば、親だってコントロールを受けてるわけでしょ?

だから、親だけで子育てなんてできないんです。親自身もSOSを出して仲間をつくらないと、とてもじゃないけど、わが子に対してまともな対応をできる環境になんてない!そういう意味では親だって、すごくタイヘンです。けれど大人はそういう自分を意識化し、変えていく力を持っています。でも、子どもはそうはいきません。親が変わらないと、そのしわ寄せは、確実に子どもにいってしまう

子どもの自由奔放を笑って見てられる社会に

残念ながら、社会はもうそういう状況になってしまっている。子どもは「危ない、きたない、うるさい」のが本質です。これ、頭文字をとると「AKU」となります(笑)。アク(=悪)、なんです。そして、これらの行為は、完全にしつけの必要な対象になっている。そのしつけができない親に対しては、社会全体が冷たい目で見る。それが、子どもへの「ちゃんと○○しなさい!」「危ないからダメ!」「静かに!」につながっていく。

まともな「子育て」は、多少のけがも含めて子どもが好きなように遊べる環境を作らないとムリだね。まともな「子育ち」も当然ムリ。現状は、子どもが自分で育つ力を保証すること自体が、本当に難しい。

自分が尊重されることを知ってる子は人を傷つけない

イジメをなくしたいと本気で願うなら、子どもの遊育をきちんと保証しなくちゃダメ! 何度も言うけど、遊育が保証されるということは、その子がその子であることを受け入れてるってことでしょ? 遊育しているその子の姿をまわりの大人がおもしろがったり、感動したりするのは、その子に対する最大限の尊重なんです。

大人から「それおもしろいね」なんて言われたら、子どもは「僕の世界をおもしろがってくれてる」って思うじゃない。「どうやるの?」なんて、大人が興味まで示してくれたら、子どもはいっきに心を開く

その子は、ものすごく自分自身に自信が持てるし、尊厳を感じられる。そんな自分自身が尊重される喜びを知ってる子は、人の尊厳を傷つけることを恐れるようになる。人を傷つけることは、怖いことになるんです。だからいじめないし、いじめることなんてできない。こわいし、不快だし。

救わなければいけないのは「いじめっ子」

万が一、友だち関係の中で人を傷つけたと気づいたら、自分もとっても心が痛む。そんなつもりじゃなかったけど、傷つけてしまったことを後悔する。それで、その子に謝って、関係の修復がしたいと思う。

でも、いつも傷つけられてる子は、人の尊厳を傷つけることなんて、なんとも思わないし、むしろ快感。今の社会構造だと、「いじめる」なんて、日常的にころがってるからね。

守られなければけないのは「いじめられている子」だけど、救わなければけないのは「いじめている子」の方なんだよね。でも、それはその子の問題ではなく、親や大人たちが日常的に、こぞって子どもの情動を押さえこんでるからとしか言いようがない。

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