子どもの遊びや遊具、遊び場所に隠されている教え(教育的な意味)を知って、一緒の週末をもっともっと楽しもう!

心をなくした子どもたち

iv_001_7「遊びの中にある学びとは?」をさまざまな方にインタビュー

天野秀昭さんインタビュー後編
遊ばないと、心が死んでしまう
子どもにとって「遊び」は「魂の活動」

2015.11.17
日本冒険遊び場づくり協会 事務局長/理事
天野 秀昭(あまのひであき)


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心をなくした子どもたち

遊育を奪われ続けて、やりたいことが何もない

遊ぶって、子どもにとっては魂の活動ですから、とっても奥が深い。遊ぶって、本当にすごいことなんです。親も含め、それを知らない大人が多すぎる。

子どものためによかれと思ってコントロールを続けた結果が、また悲劇です。大学卒業して就職する段階になったときに、「やりたいことが何もない」って学生が増えてきている。数年前までの主流は「やりたいことがわからない」だったんですが、ここ数年は「やりたいことが何もない」ですからね。

遊育する機会をことごとく奪われ続けてきた結果が、「やりたいことが何もない」なのです。こうなったら、もうその子の新たな世界の糸口すらつかめません。「わからない」なら、「わかりたい」とか「わかろうとする」という本人次第でどうにかできるような、少しは希望がありそうな気がするけど、「何もない」って言われたら、もうフィニッシュ!です。

多大化が奪う子どもの遊育

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1980年代の終わり位から加速度的にそうなってきてる。いちばん大きな理由は「少子化」なんですが、それはあくまで大人側からみたもの。逆に子ども側から見たら「多大化」。つまり大人がやたらに多すぎる現象。こんな時代はかつてありません。どこに行っても大人がいる。

昔の子どもたちは、大人の目をかすめて遊育することができていた。たとえ親たちが大人目線の教育にどんなに熱心でも、隠れて遊育できたから、そこで自分自身を取り戻していく機会をもてた。でも今は、学校を始め、塾、おけいこ、スポーツ少年団…、やたらに多い大人たちが、どこに行ってもいるから、目を盗んで遊ぶことすらできない

子どもたちの「時間」「空間」「仲間」も、すべて大人が寄ってたかってプログラムしてしまう。子どもとしては、そのプログラムに従ってなにかをするわけだから、自分の世界なんてない。昔のように、目を盗む「隙間」は、壊滅的です。

親子が切り離されるとホッとする!?

『プレーパーク』は「時間・空間・仲間」はもちろんだけど、現代の子どもたちにとっては、この「隙間」の役割にもなっている。おもしろいことに、もはや今の親たちがあまり遊んできてないから、子育てしながら、もう一回自分が遊び直しているようすがよく見られる。「泥んこ、はじめて触った!」なんて言ってね。

『プレーパーク』で見かける光景で、自分の子どもがよその親と関わったら、その人が自分の子どもの話をよく聞いてくれたりしてね。で、子どもが自分には見せないような笑顔をその人に見せたりして….。そうすると、「あっ、ここは自分だけでやらなくてもいいんだ」って、親がなんだかホッとするんです。

わが子に竹トンボを教えようとしてたお父さんが、「竹トンボはこうやってつくるんだぞ」って説明してると、わが子は興味なさそうにキョロキョロしてる。「ほらちゃんと見て!」なんてやってると、よその子がその横に座って、「おじさん、僕にも教えて!」なんて言う。

わが子は興味示さないのに、よその子は積極的。そうなると、大人としてはやっぱり教えないわけにはいかない。その瞬間、わが子は救われるわけです。で、「よし!これで逃げられる」って、サーッといなくなる(笑)。

そういうときに親は別の子の面倒をみるハメになって、(いい意味で)親子が切り離されていく

子どもたちへの一生分のプレゼント

この経験を何度か積んでいると、「これでいいんだ」って思えるようになる。よその子相手にムリに教えるなんてしないから、その子が少し飲み込みが悪くても、「まぁ、こんなもんかなぁ」みたいに、おおらかに思ってられる

そういうふうに親子の解体を進めないと、子から自立しない親や、親から自立しない子が出てくる。自分の子しか見てないみたいな….。ちょっと視界を広げてもらえば、「あんな小さい子が、あんなことまでやってる~」なんて光景も目に入るはずなのに。

遊びの持つすごさや奥深さを親がもっともっと知って、子どもができる限り遊育できるよう、親同士も仲間をたくさん見つける。で、「みんなで子どもを育てていくんだ」ってなれば、子どもは放っておいても自分で成長していくんです。

僕は『プレーパーク』を自分たちでつくろうと思い立って、現実にできたときには、「あっ、これで、親だけで子育てしなくてすむ」って、いちばん最初に思った。「これで、この子に対する一生分のプレゼントは終わったな」って。あとは、「この子たちが勝手に必要なものを取って、限界にどんどん挑戦しながら自分で育っていくんだな」って。

【編集長の一言】私にも5歳の子どもがいます。小さい頃はみんなと遊ばず、一人だけ違うことをやってることが多くて、だいぶ心配しました。でもそれは「やりたいことが違うだけ」で、「集団遊びをする力がないわけではない」んですね。最近では、大縄跳びができるようになってほしくて、近所の子どもたちを集めては一緒に遊んでいますが、いつもウチの子だけスッと抜けてキックボードに夢中!そのあとは、私と近所の子だけで縄跳びをする経験をしました。きっと、いい意味で親子が切り離されたんだと思います。天野秀昭さん、ありがとうございました。すべての言葉が、心に響くインタビューでした。

 

iv_amano_face天野 秀昭(あまの ひであき)1958年、東京生まれ。大学時代、自閉症児との出会いをきっかけに「遊びの世界」の奥深さを実感する。1981年、日本初の民官協働による冒険遊び場『羽根木プレーパーク』で初めての有給プレーリーダーを務め、その後、地域住民とともに世田谷・駒沢・烏山の3つのプレーパークの開設に携わる。子どもが遊ぶことの価値を社会的に高め、普及し、実践するための2つのNPO法人『日本冒険遊び場づくり協会』『プレーパークせたがや』の立ち上げの一員。両法人の理事を務めている。2014年、幼稚園保育園の園庭を魅力的な子ども育ちの場(遊び場)にとの願いで、新たなNPO法人『園庭・園外での野育を推進する会』を設立。新しい挑戦を始めている。

大正大学人間学部人間環境学科こどもコミュニティコース特命教授
特定非営利活動(NPO)法人『日本冒険遊び場づくり協会』理事
特定非営利活動(NPO)法人『プレーパークせたがや』理事
特定非営利活動(NPO)法人『フリースペースたまりば』理事
特定非営利活動(NPO)法人『園庭・園外での野育を進める会』理事長

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Book Information

『よみがえる子どもの輝く笑顔』
遊びには自分を育て、癒す力がある

著者:天野秀昭
出版:すばる舎
初版発行:2011年12月

iv_asobiba_logo2日本冒険遊び場づくり協会

日本冒険遊び場づくり協会は、 1999年9月にIPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)日本支部内に設立した冒険遊び場情報室が前身。「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーにした冒険遊び場づくりの全国への普及を目指し、そのための啓発やネットワークづくり、人材の育成等の活動を行っています。

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